|
・陣痛開始から入院までのエピソードは > 『出産レポート。1』
・入院から出産待機までのエピソードは > 『出産レポート。2』 ・分娩室で出産真っ最中のエピソードは > 『出産レポート。3』 ・出産後産婦の過ごし方のエピソードは > 『出産レポート。4』 今回は入院中のエピソードを項目別にご紹介いたします〜。 *********************** ★病院での1日★ 出産して入院している時の1日のタイムスケジュールはこんな感じでした。 AM06:30 館内放送で検温するように指示される 07:00 看護婦さんが血圧を測りにくる 08:00 朝食 09:00 先生による回診 10:00 看護婦さんによる乳房マッサージ 11:00 看護婦さんによる外陰部洗浄 PM12:00 昼食 15:00 調乳指導、おやつ 16:00 検温 18:00 夕食 21:00 消灯、就寝 うちの病院では、産後2日まではシャワーも使えません。 なのでそれまでは、清浄綿で身体を拭く程度。 出産したのが12月27日、初めてシャワー使ったのが12月29日でした…。 髪の毛は自分でシャンプーすることは出来ず、 出産4日目の12月30日にようやく病院スタッフの人に 髪の毛を洗ってもらえたときは嬉しかったなぁ! だいたい上記のタイムスケジュールで入院中過ごしてるわけだけど 日によって 『沐浴指導』 や、『退院指導』 などの予定も入ってくるので 夕方までは毎日慌ただしい生活でした。 ★初めての同室★ 病室で赤ちゃんと一緒に生活する 『母子同室』、 私の入院してる病院では積極的に同室を勧めてました。 早く赤ちゃんと一緒の生活に慣れるようにという心使いです/// はじめて私のいる病室に赤ちゃんが来たのは 出産翌日の12月28日の昼頃。 ![]() 看護婦さんが両腕に赤ちゃんを乗せてやってきた! 足の裏に油性ペンで私の名前が書かれてて 絶対に間違えないようになってました/// 赤ちゃんは夜には新生児室に預けることもできるんですが、 看護婦さんから 『夜も一緒に過ごした方が早く慣れるわよv』 と言われて出産翌日から頑張ってみました! ダンナ様には 『疲れてるんやから、 夜くらい預けてゆっくり寝たらどうや』 といわれたけど、逆、逆!! 病院にいるうちに慣れておかなきゃ後で絶対後悔する!!! と思って、新生児室に預けるのは必要最小限にしておきました。 ★病室の設備★ 病室の中にはこんなものが準備してありました。 ・テレビ&DVD ・ベッド ・テーブル&ソファ ・円座クッション ・体温計 ・赤ちゃん用クーファン ・調乳用ポット ・湯冷まし ・消毒済み哺乳瓶数本 ・粉ミルク ・来客用ティーセット ・紙オムツ 紙オムツや哺乳瓶などは定期的に補充してもらえました。 私の入院してた病院には 『お世話係』 なる存在がおりまして 1日2回御用聞きに来てくれたり食事を運んでくれるのです。 お願いすればお洗濯もしてくれました/// なので入院生活はとっても快適に過ごせました〜!(>∀<)ノ ![]() あと、円座クッションは病院のいたるところに置いてあって ほんっとうに助かりました(笑) 出産時に痔になってしまったママさんもいて その方はクッション2枚重ねにしてても辛そうでした…。 ★ママさん同士の交流★ 出産したばかりのママさん達が顔を合わすと 必ず盛り上がる出産話! 自分の時はあーだったこーだった、貴方はどうだった?とか。 色んな人の実体験を聞けるので私もママさん達と話すのが楽しみでした♪ ![]() 『出産の大変さを分かってもらうために立ち合いにしたけど 陣痛中あまりに痛すぎて声を一切出さずに耐えてたら ダンナが 「案外ラクそうだったね♪(^∀^)」 だって…』 せっかく立ち会ってもらったのに可哀そうなことを言われたママさんも。 男の人に陣痛の痛さ・怖さなんて絶対分かりません/// 私も産後股間や子宮収縮でオナカが痛かったのを分かってもらえず いちいち何処が痛いとか言葉で説明しました。 それでもイマイチ実感湧かなさそうでした。(怒) 中でも興味深かったのが、帝王切開で出産したママさんのお話。 『私の市では産科がないから隣の市のこの病院に来たの』 ニュースでは聞いたことあるけど、 こんな近くに産む施設のない市があったなんて知らなくて驚きました。 『手術後2日はお粥しか食べれなくて… 今日からやっと普通食が食べれて嬉しいよ〜(^∀^)』 『おなかの傷が痛くて赤ちゃん抱っこするのが大変』 私、今まで帝王切開は自然分娩よりラクだと思ってたんです。 陣痛が起きる前に麻酔かけて手術で赤ちゃん出すんだから 痛い思いしなくて済むんだよね〜程度の認識でした。 だけど、 帝王切開は大きな手術だし術後も色々大変なようで 点滴打ったり食事制限があったり大きな傷が身体に残ったり… 普通に産みたくても色々なリスクがあって出来ない人もいるんですよね。 自然分娩も痛かったけど、おなか切るのも痛いよね。(=_=;) 1番驚いた話はコレ。 『帝王切開経験者が陣痛を起こすと 前の傷が開いて母子共に命の危険がある場合があるんだよ』 僅かな確率だけど、実際にそれで赤ちゃんが亡くなる事もあるって… 陣痛が予定日通りにくるとは限らないから それって本当に怖いことだよね!(((゜Д゜;))) 私、もう陣痛がしんどいからって 安易に 『オナカ切って!』 なんて言わない!!!!! あと、ママさんたちがみんな口を揃えて言ってた言葉。 『病院はゴハンも出てくるし オムツもミルク用品も準備されてるけど 退院したら全部自分でやらなきゃいけない! 退院したくないっ!!!(>△<、)』 超・同感です/// ★退院後の生活★ 入院中からダンナ様に買ってきて欲しいもののメモを渡してたのですが 全然用意してくれてなかったので 私は退院直後自宅に帰る前にお店に寄って買いに行きました…。 頼んでたのは、紙オムツやオムツ用ゴミ箱、おしり拭き等。 本当に男の人って役に立たない!と思った瞬間でした/// 産後2週間は家族に髪を洗ってもらってねと指導されてたんですが、 退院してすぐ義両親が1週間うちのアパートに滞在してたので ダンナ様に 『洗って!』 と言い出しにくかったこともあり、 結局自分でシャンプーしてました〜。 オナカに負担がかかる体勢を避けるための指導だったので 前かがみにならず、後ろに反る体勢で髪を洗いました。 ![]() むすこの初めての沐浴はグダグダで、時間がものすごくかかってしまい 親子共々大変しんどい思いをした記憶が…。 出産前に色々準備しておいたつもりだったんですけど 実際にやってみると足りないものや予想外なこともありました。 リハーサルみたいなことしておけばよかったな〜。 せっかく買ったベビーベッドもオムツ替え専用台にしちゃいました。 真冬で寒かったので、むすこだけ1人で寝かすことが出来ず 私たちの寝てるベッドの真ん中に寝かせてました。 2ヶ月経った今もそうです/// もう少し暖かくなったらベビーベッドを使おうかな〜。 哺乳瓶や粉ミルクは最低限用意しておきましたが、 結局母乳だけで育てることにしたのでほとんど使ってません。 たくさん買っておかなくて良かったです♪ 哺乳瓶はそのうち麦茶とかあげる時に使おうかな〜と思ってます。 粉ミルクは離乳食を作る際にも活用できるらしいので大丈夫! けっこう何とかなるもんですね/// *********************** 以上で出産レポートは終了です♪ 今思えば、出産を通じて色んな経験が出来て本当に楽しかったです。 当時は痛くて辛くて何度も逃げ出したいと思ったけど 過ぎてしまえば出産の痛みも赤ちゃんの可愛さの前では吹っ飛びます! これを読んで、出産の大変さと楽しさが伝わってくれたら嬉しいです。 男の人はもっと妊婦さん・ママさんを労わってあげてくださいね〜!!!!! ↑ランキング参加中!ご協力くださいv↑ テーマ:初めての妊娠・出産・育児 - ジャンル:育児 |
|
|
|
・陣痛開始から入院までのエピソードは > 『出産レポート。1』
・入院から出産待機までのエピソードは > 『出産レポート。2』 ・分娩室で出産真っ最中のエピソードは > 『出産レポート。3』 今回は出産直後のエピソードをご紹介いたします〜。 *********************** ・2007年12月27日(出産当日) 午前5時14分に出産した後、 分娩室にはダンナ様と私と赤ちゃんの3人だけとなった。 赤ちゃんを見るたび、ぽろぽろ涙がこぼれてくる。 『あーっ、無事に生まれてくれて良かったーーー!!!』 看護婦さんは後片付けの為、隣の部屋に行ったまま。 赤ちゃんを胸の上にのせたまま、 しばらく分娩室のスクリーンに映し出される海洋生物の映像を眺めていた。 お産の最中も流れていたこの映像、 30分くらいの内容で、終わると自動的に最初から再生される。 産後あらためて見てみると、見た覚えのないシーンばかり。 見ているつもりで頭に入ってなかったのね; ダンナ様は分娩台の隣にある椅子に腰をかけてグッタリしていた。 私は産後でハイになっていていて 色々話しかけたけどダンナ様は上の空…。 『ねむい・・・(=△=;)』 『え?そう? 私は全然眠くないよ!( ̄∀ ̄)』 それから1時間後、ようやく看護婦さんが戻ってきた。 『赤ちゃんの体重はかってきますね〜』 そう言って赤ちゃんを連れて隣の部屋に行ってしまった。 今度はダンナ様と2人だけで分娩室に取り残される。 ダンナ様は本当に眠そうで、椅子に座ったまま目を閉じている。 私は分娩台の上で横になったまま眠れなくて色々考えていた。 以前読んだ出産エッセイ本によると、 産後2時間は分娩室で安静にさせられる場合があるという。 看護婦さんから特に説明はないけど、 今放置されてるのもきっとそのためだろう。 ダンナ様にもその事を伝えたが、 『ええっ!?Σ(゜□゜;)、まだ病室に行かれへんの? …すずが病室に行ったら家に帰ろうかと思ってたのにー』 ・・・だって。 そりゃ、ほぼ24時間起きてて付き添い疲れただろうけど 本当に疲れてるの私だから!!! もう少し私に気を使ってくださっても良いのでは?(怒 ていうか、 赤ちゃんの体重はかるって言って連れてったきり 体重も教えてくれないし、誰も何も言いに来ないのって何故??? 午前7時30分。 もう出産から2時間以上経つけど、まだ迎えに来ない…。 そのうち別の看護婦さんが分娩室にやってきて 『今、別室でお産してるからもう少し待ってくださいね〜』 と言ってまた去っていった…。 そうか、他の妊婦さんが出産の真っ最中だったのね。 そりゃ放置されても仕方ないか。(=_=;) 今までの夜間勤務の看護婦さんから 昼間勤務の看護婦さんにいつの間にか交替してるし。 午前7時50分、ようやく看護婦さんが迎えに来てくれた。 足元の方へ移動してくださいと言われて身体をずらすと 分娩台の足先の部分が外れて、独立したストレッチャーのようになった。 私はそれに乗せられて移動することとなる。 ![]() 『病室がいっぱいでお部屋がないんだけど 仮のお部屋を用意したからそちらに移動しますね。 夕方には病室に移れますので…』 さすが市内で1、2を争う人気の産婦人科。 病室が足りないそうです! ストレッチャーに乗せられたまま病院内を移動し、 通されたのは小さな個室。 小さな簡易ベッドと棚とテーブルセットがあるだけの部屋だった。 『あと2時間は安静にしていてくださいね』 そう言って看護婦さんはどこかへ行ってしまった。 出産後2時間分娩室で寝てて、さらにここでも2時間安静に??? すぐにダンナ様が荷物を持って仮部屋に来てくれた。 ストロー付きのペットボトルと携帯電話を出してもらう。 ダンナ様はもう限界、ということで家に帰宅・・・。 午前8時10分、仮部屋に朝食が届くが 安静にするように指導されているのでベッドから動けず…。 ![]() くそう、ダンナ様がいてくれたら食べさせてもらえたのに! おなかが空いてるのに手が出せない哀しい状態。 午前8時30分、看護婦さんによる検温と血圧測定。 その後、先生が来て診察をしていった。 家族や友人に出産報告のメールをし、午前10時までベッドで爆睡。 仮部屋に来てから2時間経ったころ 看護婦さん立ち合いの元、歩行テストをする。 ・ちゃんと歩くことが出来るか ・トイレで用を足すことが出来るか この2つをチェックするらしいんだけど… トイレまでの僅かな距離が異様に長く感じた。 ![]() こ、股間が痛い…!!! よちよち歩きどころか、小刻みに震えながら何とか進む程度。 陣痛真っ盛りの時もこんなんじゃなかっただろうか。 どうにかトイレに辿り着き、恐る恐るトイレに座る。 用を足し、便器を見ると おびただしい量の血が!!!(゜□゜;) 胎盤が剥がれたところから出る出血、悪露です。 生理2日目より全然血の量が多いんですけど。 その後仮部屋に戻って看護婦さんから入院セットの説明を受ける。 この病院では産後に必要な消耗品を用意してくれてるのだ! 用意されてたのは以下の通り。 ・産褥パッド(Lサイズ〜Sサイズ) ・清浄綿 ・赤ちゃんのおしり拭き ・産褥ショーツ ・授乳ブラ ・母乳パッド その際に、看護婦さんに赤ちゃんを連れてきて欲しいとお願いする。 午前10時30分、ようやく朝食を食べる。 円座クッション2枚重ねて座っても痛い! あんなに痛い思いをして出産したのにその後も痛いとは…! 午前11時ごろ、私の両親がお見舞いに来た。 報告メールしたけど、来るとは聞いてなかったので驚いた; しかもお祝いにフラワーアレンジメントを持ってきてくれた///キレイ♪ 30分ほど話をした後、新生児室を覗いて帰っていった。 午前11時50分、看護婦さんが赤ちゃんを仮部屋に連れてきてくれた! 簡易ベッドの壁側の方に寝かせる。 赤ちゃんはまだ産湯につかってない状態で (産院の方針で、出産当日は洗わないらしい) 産院のマークが入った可愛い帽子とベビー服を着ていた。 ここぞとばかりに赤ちゃんを撮りまくる私。 昼食が届いたので赤ちゃんを寝かせたまま食べる。 ![]() 赤ちゃんは眠ったまま、時々動くだけで全然泣かない。 午後3時、赤ちゃんが来て3時間経つけど ここにはミルクもないしオムツもないから何にもしてやれない。 なので看護婦さんに頼んで新生児室に戻してもらう。 室内の洗面台で分娩後初めて顔を洗い、 分娩用のパジャマから自分で用意したパジャマに着替える。 午後5時、ようやく病室に移動。 (※出産から12時間経過) 病室は仮部屋とは違ってとても広くてキレイ/// 荷物をほどいて過ごしやすいように室内をセッティングする。 部屋に届いた夕食を食べる。 ![]() ここのゴハンは、病院内にあるレストランで作って運んでくれる。 とても病院で食べるゴハンとは思えないくらい豪華♪ 午後6時過ぎ、ダンナ様が来る。 朝、家に帰ってから爆睡してたらしい。 午後7時ごろ、私の姉と妹がお見舞いにきた。 4人で新生児室に行き、赤ちゃんを見る。 ここで初めて私は 自分の赤ちゃんの身長・体重を知る。 産後は看護婦さんが忙しくって結局教えてもらえなかったからね…。 私の赤ちゃんは大人しく、 隣の赤ちゃんが大泣きしてても全く動じずに寝ていた。 新生児室のガラス越しに見るだけ。 今日は赤ちゃんはこの部屋で寝るのか…。 ということは私も一人で病室で寝ないといけないのか…。 姉妹は午後8時ごろ、ダンナ様は8時30分に帰っていった。 看護婦さんからはたくさんトイレに行くように指導されている。 『感覚が鈍ってるので、尿意が自覚しにくくなってます。 だからトイレに行きたくなくても定期的にトイレに行ってね』 尿意がないのに、トイレに行くと出るのが不思議。 そしてトイレの度に清浄綿で股間を拭き、産褥パッドの交換をする。 大人のオムツ並みの大きさのパッド…。 トイレにあるゴミ箱はすぐいっぱいになってしまった。 会陰切開の傷はどうなってるんだろう…。 悪露はいつまで出るのかな…。 お風呂に入りたい…。 そんなことを思いながら眠りについた。 ― つづく ― *********************** 『出産レポート。4』 は ここまで! 産後の入院ライフは後日upいたします〜。 ↑ランキング参加中!ご協力くださいv↑ テーマ:初めての妊娠・出産・育児 - ジャンル:育児 |
|
|
|
・陣痛開始から入院までのエピソードは > 『出産レポート。1』
・入院から出産待機までのエピソードは > 『出産レポート。2』 今回は出産までをご紹介いたします〜。 *********************** ・2007年12月27日(出産当日) 午前2時ごろ。 ダンナ様が疲労でダウンし、自分で腰をさするハメになった陣痛中の私。 今まで色んな出産エッセイとかマンガとか読んできたけど、 だいたい助産婦さんとかが付いててくれて腰をさすってくれたと書いてあった。 私もそれを読んで 『ダンナ様よりベテランの助産婦さんにやってもらった方が 痛みも引くだろうし、私もやってもらおう♪』 と安易に考え、期待していた。 でも、入院してから看護婦さんは時々現れるだけで 今も待機室には私とダンナ様の2人だけ。 何故なら現在この病院では 出産ラッシュ だからだ。 私を含めて5人の妊婦さんが陣痛に耐え、出産真っ只中なので 分娩室も待機室もフル稼働。 だから私ひとりの為に看護婦さんが付きっきりでいられるワケがない。 分かってる、分かってるけど しんどいなぁ!(>_<、) ずっとずーっと自分で自分の腰をさすり続ける。 腰が割れそうで、練習してた呼吸法も上手く出来なくて 『うう〜〜!!』 とか 『痛い〜〜!!!』 とか 叫ぶほどではないにしろ、悲鳴をあげてしまう。 もうこれ以上は耐えられない!と思い、 ナースコールのボタンを押したけど、誰も来ない…。 ダンナ様にナースステーションまで様子を見に行ってもらったら 誰もいなかった…とのこと。 ああ、きっとさっき私と入れ違いで分娩室に入っていった妊婦さんが 出産の真っ最中で皆忙しいんだろうなぁ、と思った。 でもガマンできなくて、しつこくナースコールのボタンを押していたら さっきの年配の看護婦さんが来てくれた。 でもナース服の上から手術着みたいなものを着て帽子とマスクもしている。 『どうしました〜?』 『腰が痛くてガマンできなくて…』 ささっと私の足元に来て、ガッと手を股間に突っ込む。 今まで内診ってすごく痛かったけど、 もうそんな事言ってられないというか、全然痛く感じなかった。 『さっき先生にはなんて言われてました?』 『子宮口は4センチだって…』 『今も同じくらいだわ、もう少しガマンしてね』 そう言って看護婦さんは慌ただしく待機室から出て行ってしまった…。 まだまだ出産まで時間がかかるのか…とダンナ様と2人で落胆する。 もう陣痛が始まってから22時間以上経っている。 途中で少し寝たとはいえ、 ダンナ様もほとんどその間起きて私に付き合ってくれている。 私もその間、いまだかつてない腰の痛みに耐えている。 ここまで来て、 もうイヤだ、早くラクになりたい! と思うようになってきた。 今すぐオナカを切って赤ちゃんを出してくれ! 痛みを少しでも和らげたくて、布団を足の間に挟んだり 身体を起こしてベッドの端に座った状態で陣痛に耐えてみたり 色々試したけど全然痛みが治まることはなかった。 またナースコールで看護婦さんを呼んだ。 内診で子宮口は広がってないけど 子宮口膜?がかなり薄くなってきているとのこと。 入り口が柔らかくなってきたのでお産が近くなったと判断されて 午前3時30分ごろ、ようやく分娩室に移動することになる。 待機室から分娩室までは、もちろん自力で歩く。 分娩台に乗り、仰向けに寝るように言われる。 私は腰が痛かったので、仰向けになった状態で 両手の握りこぶしを腰骨の下に入れて痛みを逃がしていたが 『手をどけてね』 と看護婦さんに言われ、泣く泣く退かすことに…。 オナカには分娩監視装置のセンサーが付けられ、 胎児の鼓動が音で聴こえ、オナカの張りが数値で表わされる。 看護婦さんはその支度だけしてすぐまた何処かへ行ってしまい、 今度は分娩室にダンナ様と2人で取り残される。 待機室の時と違い、今度は固い分娩台の上。 しかも体勢は分娩監視装置のセンサーを巻いてるため 仰向けの状態から崩せない。 ダンナ様は分娩台の上の方、つまり私の頭の辺りをウロウロして 『すず、頑張って』 とか励ましてくれる。 時々私が 『お茶!リップ!!』 など指示をしてペットボトルのお茶やリップクリームを差し出してもらった。 ![]() ほんとは痛くて声も出したくないんだけど、 言わないと何も出てこないので仕方がない。(=_=;) 私は陣痛=腰の痛みが来るたびにボタンを押して 呼吸法に則って口から長く息を吐き、鼻から息を吸うのを繰り返す。 でも痛みで息を吐いてる最中に声を上げてしまい、 胎児の鼓動が乱れたりすることもあった。 そんな時は何処からか看護婦さんが駆けつけてきて 『力を入れないで! 赤ちゃんが苦しんでるわよ!!』 と怒られてしまった…。 その後も何度か同じような状態になり、そのたびに 『痛い時に声を出さない、目を閉じない、 足に力を入れない!!』 と、色々こまかく注意されるが、本当にどうしても 無理!!! 看護婦さんが退室した後も、痛みに声を出したり目を閉じてしまう私に ダンナ様が何度も何度も 『すず、目を閉じちゃダメだって!』 『足に力が入ってるよ!』 と、看護婦さんに代わって注意を促してくれる。 頭では分かっているけど、本当に無理なんだって!!! 途中から身体が勝手にイキんでしまうようになり、 その何度目かで ドバッと破水。 おなかの奥でなにかが弾けて生温い水が大量に出た気がする。 すぐにダンナ様にナースコールしてもらい、看護婦さんに来てもらう。 『うーん、これ多分おりものか何かだと思うわ。 まだ羊膜もパンパンに張ってるし…』 おかしいなぁ、結構大量に出たから破水だと思ったのに…。 でもその後どうしてもイキんでしまう度に水が出るようになる。 ダンナ様は 『力を抜いて、リラックスして!』 と傍でずっと声をかけてくれた。 何度もお茶やリップを出してもらう。 その後、呼吸のしすぎで手足が痺れてしまい、 またまたナースコールで看護婦さんを呼ぶ。 手足が痺れた旨を伝えると、酸素マスクをつけてくれた。 呼吸法が乱れてて息を吸い過ぎだよ、と注意される。 それと、呼吸法補助のボタンを使いすぎだと言われてしまった…。 私の場合、おなかの張りと腰の痛みのタイミングが違うみたいで おなかの張りが終わった後も痛いからずっと呼吸法をしていた模様。 それを注意された後、またダンナ様と分娩室に2人にされてしまった。 しばらく放置された後、急に看護婦さんが来て 出産用の道具?を分娩室内に揃えはじめた。 『そろそろお産にしましょう!』 今まで単なるストレッチャーのような台だった分娩台に 足を掛ける台などがセットされる。 ※多分折りたたみ式にグリップとか台とかが内蔵されていた 午前4時40分ごろ、ダンナ様はここで分娩室から退出。 赤ちゃんが生まれるまでラウンジで待つことになる。 分娩台の脚掛け台に両足を掛け、両手でグリップを掴む。 グリップは可動式で、陣痛がきたら引き寄せて呼吸法をし、 あごを引いてお尻を上に突き出すようにしなさい、と指示される。 しかし、この分娩台のシステムがよく分からずなかなか上手くできない。 しかもイキみが勝手に来てしまい、何度も何度も怒られる。 この産婦人科では、ソフロロジー法 という分娩方法で 呼吸法によりリラックスした状態で イキまず自然に赤ちゃんが下りてくるのを待つ …みたいなスタイルで出産するわけです。 にも関わらず、 私は何度もイキんでしまっていたので怒られる怒られる。 だって身体が勝手にそうなっちゃうんだもん! このイキみのせいで子宮口が充血して浮腫んでしまい、 赤ちゃんが通るのに邪魔になってしまうらしく、本当に何度も怒られる。 看護婦さんが手を突っ込んで、その子宮口を指で押し広げる。 『痛い!』と言うと 『これくらいで痛がってちゃまだ出てこれないわよ!』 『可愛い赤ちゃんを思い浮かべて! 貴方がイキむたびに赤ちゃん苦しんでるわよ!』 と言われ、陣痛で苦しい真っ最中にマジで凹んでしまう。 可愛い赤ちゃんを思い浮かべろったって、 今まで人の子供しか見たことないし、 痛いしツラいし、そんなの無理だよ!!! そんな最中、看護婦さんたちの会話が耳に入る。 『…先生に連絡取れた?』 『あと5分くらいで来られるそうです…』 何度か陣痛のたびに分娩台のグリップを握ってるうちに 手術着・マスク・手袋姿で先生が登場。 妊婦健診で診てくれた先生じゃなかった。 この病院に3人いる女医さんのうちの1人だった。 その後股間に異物感があり、 先生がすぐに ジャキッ と会陰切開をした。 切られた痛みはまったく感じなかった。 その後、2回の陣痛時の呼吸で赤ちゃんが出てきた。 出てくる直前、看護婦さんが私に向かって言った。 『前を見て! 赤ちゃんが出てくるよ!!』 首を持ち上げて自分の開いた両足の間を見ると 羊水・胎脂まみれの赤ちゃんが。 というか、なんか赤いかたまりのように見えた。 すぐに気道吸入かなにかされて、その後で2〜3回産声をあげた。 『男の子ですよ(^∀^)』 軽く羊水をタオルで拭き取った後、 私のパジャマの前ボタンをすべて外して 素肌の胸の上に赤ちゃんを乗せてもらう。 ※カンガルーケア 赤ちゃんは濡れていて、ところどころ赤い血や羊水がついていた。 抱っこしながら、初めて言葉をかけた。 『苦しませてごめんね やっと顔が見れた〜!』 赤ちゃんは産声の後まったく泣かず、おとなしく私の胸に抱かれている。 目は薄く開いていて、少しモゾモゾ動くだけ。 先生はその間に会陰に麻酔をして傷を縫っていた。 看護婦さんが子宮収縮の注射を左腕に打った。 私の足は台に乗ったまま震えが止まらず、呼吸もずっと戻せずにいた。 『もう普通に息していいよ』 と言われたけど、産後の興奮もあって自然に戻すのに時間がかかった。 下の処置が終わり、分娩台の台座が元のベッド状に戻ってから ダンナ様がラウンジから分娩室に呼ばれる。 ![]() 片付けで看護婦さんが分娩室からいなくなってから ダンナ様にカバンからデジカメを出してもらい、写真を撮ってもらう。 でも分娩室の照明が薄暗かったため上手く撮れず…。 赤ちゃんは口からヨダレを出して、ずっとおとなしくしている。 爪は長くて薄くて、身体も頭も羊水まみれだったので、 上から掛けられていたバスタオルで拭けるところは拭いた。 ダンナ様いわく、 『ラウンジに行ってから30分位で呼ばれたよ、 こんなに早いと思わんかった〜(゜□゜;)』 だそうで・・・。 ほんとダンナ様が出てってすぐに生まれたのね…。 自分ではとてもそんなに短かったようには思えないけど/// しかも、陣痛時の腰の痛みの方が強くて 肝心の赤ちゃんが出てくる時にはあまり痛みを感じなかった〜。 イキんで押し出すんじゃなくて自然に下りてきたからかしら??? というわけで、 2007年12月27日午前5時14分 すずは男の子を出産したのです/// ― つづく ― *********************** なんかめちゃめちゃ長くなってしまったので 『出産レポート。3』 は ここまで! 出産直後〜入院中のエピソードは後日upいたします〜。 ↑ランキング参加中!ご協力くださいv↑ テーマ:初めての妊娠・出産・育児 - ジャンル:育児 |
|
|
|
ちょっと間が空いてしまいました; 入院までのエピソードは こちら 。 今回は入院から出産までをご紹介いたします。 *********************** ・2007年12月26日(入院当日) 午後9時20分、病院に到着。(陣痛開始から18時間経過) 陣痛に耐えながらエレベーターで2階のナースステーションへ行く。 ナースステーション前にあるラウンジスペースでは 他の妊婦さんのご主人とお父さんだろうか、男性が2人座っていた。 私はラウンジのソファにもたれかかって痛みに耐えていたが、 ナースステーションから看護婦さんが出てきて 『すずさんね、母子手帳を出してください。』と言われ、 ダンナ様が持ってくれていた自分のカバンから母子手帳を出して渡した。 すぐ陣痛が来て小走りで戻り、ソファに飛び乗る。 そんな私に向かって間髪入れずに看護婦さんが言う。 『じゃあ体重測ってくれる?』 陣痛が収まるのを待ってから、ナースステーションの すぐ隣にあった体重計に、外から来たままの格好で乗る。 厚手の上着とマタニティジーンズの重さもあって、この時の体重は 妊娠前+10キロはあった…。(=_=;) その後、再びソファに戻って痛みに耐える私。 しかしその直後また看護婦さんから 『入院同意書を出してくれる?』といわれるが、 それは入院用カバンに用意しておいたはず…。 ダンナ様が入院用カバンを車の中に置きっぱなしにしていたので 駐車場まで取りに行ってもらう。 ていうか、 看護婦さんよ、用件は1度に言ってくれ!と思った。 産婦人科だから妊婦の姿は日常茶飯事でまったく珍しくもないので 私が痛い思いをしていることに対して同情も心配もしてはくれない。 陣痛が痛いのは当たり前のことだからだ。 労わりの言葉があるかなーと思ってたのになぁ。 少しラウンジで待たされた後、奥の分娩室があるゾーンに呼ばれる。 途中にあるトイレで検尿するように言われる。 痛みに耐えながら検尿。 この分娩室があるゾーンには 『待機室』 と呼ばれる部屋が3つと 『分娩室』 が2つ、トイレと 『手術用』 の部屋が1つある。 私はまず分娩室の方に通された。 え?もう???(゜□゜;) 『全部脱いでからこれに着替えて、 分娩台に乗って待っててくれる?』 と渡されたのは、ピンク色の分娩用パジャマと下着。 ![]() 下着っていうのは 『産褥ショーツ』 ですな。 前がパックリ割れる大きなパンツで、それに巨大なナプキンを着ける。 つまり、オムツを装着してるのと全く同じ。 パジャマは撥水コートでもしてあるようなツルツルした感じ。 そんな格好になり、言われたとおり分娩台に乗ろうと思ったけど 陣痛が来てしばらく台にもたれたまま唸る。 この分娩台、やや頭の方が高くなっているだけの固いベッドのよう。 その後なんとか分娩台に乗り、仰向けに寝て NST検査と同じようにオナカにセンサーを着ける。 左手にナースコール用のボタンによく似たボタンを握らされた。 『陣痛がきたらこのボタンを押してね。 音が聞こえてくるからそれに合わせて呼吸してください。』 ボタンを押すと、部屋のスピーカーから ボォオオオオオオー という音が7〜8秒し、少し間が空いてまた同じ音がする。 習っていた呼吸法通り、この音がしている間 口から細く長くしっかり息を吐き、間に鼻から息を吸う。 看護婦さんは出て行き、私は分娩室に一人残される。 遅れて分娩室に入ってきたダンナ様に入院用カバンを開けさせて 持ってきていたペットボトル用のストローを買ってきたお茶につけ、 すぐ飲めるように用意してもらう。 それと、同じく入院用カバンに入ってるリップクリームも出してもらう。 陣痛の度にボタンを押し、呼吸法をやり、時々お茶を飲ませてもらう。 荒い呼吸で乾いた唇を潤すためにリップクリームも何度かつけてもらった。 分娩台から見えるのは、天井から下がっている大きなモニター。 延々と海洋生物が広大な海を泳いでいる映像が流れている。 私が陣痛に耐えている間、ダンナ様は時々指示があった時だけ お茶やリップクリームを差し出すのみ。 なんとも落ち着かない様子で苦しむ私を見ていた。 ちなみにダンナ様は 『立ち会い分娩』 希望ではない。 血を見ると卒倒するからだそうだ。(※立ち会い出産 参照) この病院では、そういう場合でも陣痛中は一緒に居られるらしい。 いざ分娩という時だけダンナ様は外に出されるようだ。 1時間くらいしたころ、先生がやって来て内診をしていく。 この時点でまだ子宮口の大きさは3センチ。 『貴方を含めて今5人分娩待ち状態なのよ』 と 看護婦さんが教えてくれた。 え、5人も!?(゜□゜;) 午後11時ごろ、分娩室から出てラウンジで待つように言われる。 途中通路で他の妊婦さんとすれ違い、入れ替わりで分娩室に入っていった。 妊婦さんの後ろには所在なさげにご主人がついて歩く。 とても苦しそうに喘ぎながら1歩1歩進む妊婦さん。 彼女から見た私もきっとあんな感じだったろう。 ラウンジに行ってソファに蹲って陣痛jに耐える。 その後また呼ばれて待機室へ移動。 待機室はベッドとNST検査の機械、テレビがあって ちょっとしたビジネスホテルの部屋みたいだった。 そこのベッドに横になり、また陣痛に耐える。 NST検査のセンサーは着けてないので壁の方を向いて横向きに寝る。 腰が割れるように痛いのでダンナ様に腰をさすってもらう。 でも、さすり方を 『こうして!』 って言ってるのに 次の陣痛の時には全然違うところをさすったりして本当にムカついた。 しかも1〜2時間くらいでダンナ様の腕がダウン。 『ごめん…僕もう限界だ…(=△=;)』 お前が限界なのかよ!orz ![]() その後、仕方ないので自分で腰をさする私。 ダンナ様は過酷?な労働から解放されて居眠りをする始末。 もう、こんな時くらい腕が壊れてでも私を優先させろよ〜〜〜!!!(怒 この時点で陣痛開始から約21時間経過。 ― つづく ― *********************** 『出産レポート。2』 は ここまで! 出産後半のエピソードは後でupいたします〜。 ↑ランキング参加中!ご協力くださいv↑ テーマ:初めての妊娠・出産・育児 - ジャンル:育児 |
|
|
|
出産から早2ヶ月が経過してしまいましたが、
私の出産時のお話を忘れないうちにご紹介いたします。 長くなりますんで、何回かに分けて掲載しますね〜。 *********************** ・2007年12月18日(出産予定日) 数日前に前駆陣痛っぽい痛みがあっただけで出産には至らず。 健診するが、まるで兆候なし。 ・2007年12月22日(予定日1週間超過) 予定日超過の健診時、産婦人科の先生から 『41週になったら陣痛促進剤を使ってお産にしましょう。 12月26日の朝9時に入院準備をして来てください。』 と言われる。 内診時に子宮口刺激。 ダンナ様は会社の冬休みを1週間長く取り、翌23日からお休み。 ・2007年12月26日(入院予定日) 午前3時30分頃から強い腰の痛みが始まる。 オナカは全く痛くなく、腰骨の辺りに強い痛みがある感じ。 午前6時40分頃、自分でカウントしたところ 痛みが7〜8分間隔になったため病院に電話する。 しかし、まだ間隔が定まってなかったため様子を見るように言われる。 午前7時頃、朝食(トースト、ヨーグルト)を食べる。 ←実際のメモ元々朝9時から入院する予定だったので入院用のバッグを持って 午前8時30分頃家を出てダンナ様同伴で病院に向かう。 午前8時50分、病院の受付で陣痛が始まっている旨を伝え、 待合室のソファにうずくまりながら痛みにじっと耐える。 中待合室に移動し、少し待たされた後NST検査室に移動。 ダンナ様は中待合室の椅子で待つ。 NST検査の結果、約7分間隔で陣痛がきているが まだオナカの張りが弱く波があるらしい。 モニターに表示されるオナカの張りを表す数値は 定期的に上がり、また下がっていく。 この時点でも ”オナカが張ってる” 感覚が分からない私…。 どうやら私の陣痛は腰の痛みだけらしい。 内診でも子宮口は以前と変わらず1cm開いているだけ。 『1度自宅へ帰って陣痛が規則的になったら来て下さい。 できるだけ動いてくださいね。 もし陣痛が消えたら翌朝改めて入院しましょう。』 と先生に言われ、午前11時荷物を持って家に戻る。 その間もずっと腰の痛みに耐える私。 ダンナ様が 『お昼ごはんどうする?作れる?(゜▽゜ )』 と空気の読めないことをサラっと言う。 『無理!あんたが作るか買ってきて!(=皿=メ)』 ダンナ様は近所のコンビニでカップ麺を買ってきた。 痛みに喘ぎながら ”笑っていいとも” を見つつカップ麺を食べ、 その後ダンナ様と共に近所を散歩に出る。 50メートルから100メートルおきに陣痛で立ち止まり、 近くのガードレールやブロック塀や電柱に掴まってやり過ごし ペンギンのように震えながら少しずつ足を前に出すのが精一杯。 ![]() そんな私の横で暖かく見守りつつ時間を計るダンナ様。 歩きながらの計測だと3分間隔だったので一旦帰宅。 しかし家でじっとしていると間隔がまた開いてしまったので もう1度近所を散歩しに出かける。 またもペンギン歩きでアパートの駐車場をヨロヨロ移動していると 下の階の奥さんがベランダから挨拶してきた。 ダンナ様が笑いながら 『今、陣痛中なんですよ〜』 と言うと 奥さんは 『もうすぐですね、頑張ってくださいね』 と励ましてくれた/// でも私は痛みに耐えるので一杯一杯でロクに返事も出来なかった…。 また30分くらいで家に戻る。 夕方くらいから痛みが強くなったのでベッドに横になって休むことに。 当然痛くて寝れず、ラクになることもない。 腰の痛みが始まったら寝室から 『痛い!』 と声をあげて 居間にいるダンナ様に知らせて陣痛の間隔を計ってもらう。 しかしダンナ様も明け方から寝れてなかったので途中で寝てしまい 陣痛の間隔を計り損ねて後で私から怒られることになる。 そんな状態でも何とか少しだけ睡眠を取り、 午後7時頃、テレビを見ながらダンナ様が作ってくれたカレーを食べる。 テレビはバラエティ番組をやってた気がするけど、全く内容が頭に入らない。 食べてる最中も陣痛がくるので時計から目が離せない状態。 陣痛は強いのに何故か間隔が一定にならなかったので、 『なんかおかしいぞ…』 と思い始める。 午後8時40分ごろ病院に電話して 陣痛の間隔のカウントの仕方を確認したらなんと間違っていた! 以前参加した母親教室で助産婦さんが 「陣痛のピークと次のピークの間隔を計ってくださいね」 と言っていたのでその通りにしていたんだけど (私の聞き間違いか覚え間違いだったのかも〜…) 「前の陣痛の終わりから次の陣痛の始まりを計るのよ」 と今回は言われ、再度2〜3回陣痛のカウントをする。 ←実際のメモ午後9時5分、病院に再び電話。 『今3〜4分間隔です!(>□<、)』 すぐ来るように言われ、入院用バッグを持って病院に行くことに。 家を出る前のトイレで陣痛。 階段を下りる途中で陣痛。 アパートの駐車場で陣痛。 陣痛と陣痛の僅かな間にヨチヨチ移動するといった感じ。 車に乗り込んでからも、 マンホールや道路のツギハギの上を通過する度に わずかに振動するだけで痛みが増すので 『もっと慎重に、 ゆっくり急いで!(`□´#)』 と、よく分からない要望を本気で怒りながらダンナ様に叫ぶ私。 午後9時20分、車が病院の駐車場に着く。 午後9時までの面会時間が終わって病院内は消灯しており 正面玄関の自動扉には既に鍵が掛かっているため、 インターホンで連絡して中から開けてもらう手はずになっている。 ダンナ様がインターホンで中の人に鍵を開けてもらってる間、 私は車から玄関までの僅か10メートルほどを 3分くらいかけてヨロヨロ必死に歩いていった。 この時点で陣痛開始から約18時間経過。 ― つづく ― *********************** 『出産レポート。1』 は ここまで! 入院してから出産まで、 出産から入院中のエピソード等は後日UPいたしますね〜。 ↑ランキング参加中!ご協力くださいv↑ テーマ:初めての妊娠・出産・育児 - ジャンル:育児 |
|
|
|
| ホーム |
|















←実際のメモ
←実際のメモ